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農学との対話1
石井龍一先生(故人)の作物学研究室で修士課程の時、「農学とは何か」という院ゼミをして、探求をしていた。育種学研究室の職員をされていた高木俊江さんたちが勉強会に誘ってくた。
深井周先生(クイーンズランド大学名誉教授)のもとで、子実用ソルガムの窒素利用の品種間差について、博士課程の研究をしながら、栽培試験、取りまとめ、論文執筆など、農学の中の作物生理学の研究のやり方を指導いただいた。学位論文を提出して、「緑の革命」の拠点機関である国際稲研究所(IRRI)で、プロジェクト研究員として3年弱、Len Wade博士の下で、天水稲の改良の研究をやらせてもらった。IRRIではポット試験しかしなかったが、Wadeさんのタイ、バングラデシュ、インドの天水稲コンソーシウムを回らせてもらった。
タイの有機農業を支援するために日本から派遣されていた特農家、村上真平さんの農園を訪ねて、彼と話をする機会があったが、どうしてなのか、話がかみ合わなかった。IRRIに来て、熱帯の稲作の改良のために研究をしている自分と、有機農業をタイに展開しようとされていた村上さんと、どうして話が弾まなかったのか?この思い出は、農学の社会の中での相対的なポジションを理解していくうえで貴重な体験となった。その後私は、1999年に東京大学の教員として就職をして、依頼大学人として歩んできたが、社会的公正さを含めた仕方で、大学院講義「サスティナビリティと農学」を開講した。多様な構成員から成る社会の中での農学の在り方を考えて、よりよい展望を打ち出すことも、また大学人の責務と特権だろう。
同じくものづくりをする工学と比べて、自然と生物資源とをより直接的に扱う農学では、自然環境の多様性や、生物との関わり方における自由度のために、比類のない多様な様相を呈する。また、自然の一部である自分自身がどのような生産活動、消費活動をデザインするか、問い掛けられる。
多様性は、自然環境だけでなく、歴史的な変遷、文化や民族、人種も含むし、経済力の違いによる多様性も含まれる。農学の対象の多様性を、力と数の論理で整理するのではなく、公正さを基礎に認めてゆくのであれば、現代社会で問題となっている、「分断」の和解と修復に、農学的な洞察が、大きな変革をもたらすことが期待できる。
知識体系だけでなく、農学の心を伝えたい。農学は3人称として記述されるだけでなく、2人称、1人称で描ける部分がある。もう1つの人称もあるはずだ。農学を比喩的に、庭の手入れをして、畑に播き刈り入れをして、都に仕入れをする営みとして描くこともできるかもしれない。